ガス中微量水分測定の信頼性はなぜ飛躍的に向上したのか?(産総研論文より)

標準供給(産総研)

半導体製造や高純度ガス産業において、ppb(10億分の1)レベルの微量水分管理は品質を左右する極めて重要な要素です
。かつて、この微量領域の測定値は計測器ごとに大きく異なり、信頼性が低いという課題がありました
。しかし、産業技術総合研究所(産総研)による国家標準の確立と、トレーサビリティ体系の整備によって、その信頼性は近年劇的に向上しました

微量水分測定が抱えていた「空白の領域」

高純度窒素ガスなどでは、物質量分率で数nmol/mol(ppb)以下、霜点にして-100℃以下の残留水分制御が求められます

  • 従来の課題: 1μmol/mol(ppm)以下の微量領域では、長い間国家標準が存在せず、各メーカーやユーザーが独自の方法で校正を行っていたため、指示値の不一致が多発していました 。
  • 目標設定: 産総研は、発生下限を霜点-100℃(14ppb)、上限を-75℃(1ppm)とする、世界最高水準の国家標準確立を目標に掲げました 。

日本独自の「拡散管法」による一次標準の開発

国家標準を確立する際、産総研は他国の標準研究機関が多く採用する「霜点発生法」ではなく、**「拡散管法」**というユニークな方式を選択しました

拡散管法が選ばれた理由

  • 飽和の確認が不要: 霜点発生法は極低温での完全な飽和(平衡状態)の実現と確認が非常に困難ですが、拡散管法はその必要がありません 。
  • SI単位への直接的な繋がり: 水分の蒸発速度(質量)と乾燥ガスの流量(質量)の測定のみから数値を決定できるため、国際単位系(SI)へのトレーサビリティが明確です 。
  • 物理定数に依存しない: 霜点発生法で必要な「氷の蒸気圧式(Sonntagの式など)」は-100℃以下での信頼性に議論がありましたが、拡散管法はこれを使わずに標準を確立できます 。

信頼性を支える3つの基盤技術

拡散管法による標準確立には、極めて微量な変化を捉える最新テクノロジーの導入が不可欠でした

  1. 磁気吊下天秤: 1時間あたりわずか14μgという極微量の水分減少(蒸発速度)を、装置を密閉したまま連続的に測定することを可能にしました 。
  2. CRDS(キャビティリングダウン分光法): 検量線なしで水分量を直接測定できるこの装置が、標準供給の検証において極めて高い性能を持つことが明らかになりました 。
  3. 臨界ノズル(音速ノズル): 0.15%以内の標準不確かさで、精密な乾燥ガス流量の制御を実現しました 。

判明した「従来型センサー」の課題

国家標準との比較によって、従来の計測器が低露点領域で抱えていた問題点が浮き彫りになりました

  • 鏡面冷却式露点計: 霜点-100℃(14ppb)付近では、一部の製品で指示の正確性や安定性、応答性に問題が見られました 。
  • 酸化アルミ静電容量式センサー: 微量領域では吸着平衡に達するまで膨大な時間を要し、応答速度、正確性、感度が不十分な機種が多いことが確認されました 。
    • 注:300ppb→850ppbへの変化に8時間以上かかるケースも報告されています 。

まとめ:信頼性の高い水分測定のために

産総研の論文は、微量水分の信頼性を確保するためには以下の3要素が揃う必要があると結論づけています

  1. 国家標準の確立: 産総研による霜点-100℃までの不確かさ評価済みの標準 。
  2. 校正サービス体系: CERI等を通じて産業現場へ国家標準を繋ぐトレーサビリティ 。
  3. 高性能な計測器: CRDS方式に代表される、性能が実証された計測器の選定 。

出典:阿部恒「ガス中微量水分測定の信頼性の飛躍的向上 —計量トレーサビリティの確立と計測器の性能評価産総研 シンセシオロジー 第2巻第3号, (2009) 223-236
ガス中微量水分測定の信頼性の飛躍的向上